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FM-N1ヘッドライン

人生最後のお年玉

  年末年始を、久しぶりにゆっくりと過ごした。昨年末に痛めた腰の状態が思わしくなく、動けなかったというのが本当のところでした。辰年も目出度く明け、やや改善の兆しが現れたので、天気の崩れないうちにことしは一日から、実家の方に年始に出かけた。

 子供や孫たちは翌日に来るというので、米寿を迎えた母と兄夫婦と5人で、落ち着いて話が出来た。もうすぐ全員が年金受給に手が届く年齢となり、そうそう華々しい話題もあるはずがない。

 と、そんな時、腰の痛い母が立ち上がり、部屋の奥から祝儀袋を取り出してきて、私たち夫婦それぞれに手渡してくれた。表には「御年賀」と書かれている。何とお年玉を貰ったのである。40年ぶりのことである。躊躇していると兄夫婦も貰った、というのである。

 母は「これが最後のお年玉になる」。「もう隠し財産はないからね」とあくまでもにこやかだった。

 隣で女房が「泣くな! 泣いたら駄目」と励ましてくれるのだが、言葉が出てこない。随分と我慢していたが、とうとう涙が出てきてしまった。鳴き声は何とか抑えたが、手で拭いた。

 それから、子供のいない私のために、墓の心配や永代供養の奨めなど話してくれた。お年玉同様、これが最後の心配事と言わんばかりであった。

 還暦を過ぎた、というのに、自分がただ馬齢を重ねてきたようである。この後、どんなラジオの仕事をしていけばよいのか? どんな番組を制作していけばよいのか? いろいろな想いもあり、一応の目標もあるのだが、果たして成し遂げることができるのか。真剣に考えざるを得なくなったようである。

 家に帰って、見る初夢はどんな夢か。「永き世の遠の眠りのみな目覚め 波乗り船の音のよきかな」と目出度き回文を唱えつつ、枕を当てたが、初夢は覚えていられなかった。そして、最後のお年玉が、終わることのない回文のように、頭の中をくるくる回っている。

 この袋の口を、いつになったら開けられるのだろうか。

Permalink | 2012年1月 4日 12:43 | 宮崎正倫