匂うものにコウキシン?!
開局16周年特番「近つ野の市、遠つ野の市~東日本大震災の年に野々市市は生まれた」の放送を終え、年末年始を挟んで、一服感に浸っている。
番組の中では野々市の「市の力」と、遠く離れた被災地、特に岩手県遠野市、平泉町の「市の力」を紹介した。また、もう一つの近いと遠い意味として、市制施行後の野々市市の「市の力」と、遠く時を隔てた中世、古代の「市の力」まで遡り、地域発展の原点を振り返ってみた。
また、番組制作を通して一つの言葉に好奇心を覚えた。それは「匂う」である。
番組の中では、締めのリポートを、スタッフの中村圭佑君が岩手県陸前高田市の奇跡の一本松前から行った。その中で、江戸時代の国学者本居宣長の和歌「敷島の大和心をひと問わば朝日に匂う山桜花」に言及したことに始まります。
これまでは、「匂う」というのは単に光、光景、姿形であると思っていました。勿論、「匂う=臭う」のニオイでないことは知っていました。もう一つ有名な和歌に「青丹よし奈良の都は咲く花の匂うがごとくいま盛りなり」があり、これも花が全盛期に美しく咲くように奈良の都も絶頂期にある、と詠ったものである。
従って、「朝日に匂う山桜花」も日本人の在り様を、日本人が好む朝の清明な空気の中で咲く山桜の姿に比したもの、と解釈していた。ただ、まだ釈然としない気持ちもどこかに残っていた。
奇跡の一本松の前でのリポートは7月に出掛けたものだが、5ヶ月後の12月になってようやく腑に落ちた。染色家の吉岡幸雄さんが「匂う」について解説している一文を目にしたからである。少し引用させていただけば「色が映え、美しく、好ましく優れていることを意味し、華やかさ、香り、光までを含んで気高いこと」なのだそうだ。この「気高い」の一言で、「高貴心」いや「好奇心」が満足させられた。
しかし、もうリポートは取り返しがつかない。消化不良のままの放送になってしまい、悔いが残る結果となった。
そう言えば、リポートを担当したケイスケ君は以前、「色は匂えど いとをカシ」という音楽番組をしていたが、消化不良を起こしていなかったのだろうか? 歌の歌詞に魅せられ、好奇心一杯で始めた番組だったが、次の改編期を待たずに打ち切りになったような気もするのだが…