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FM-N1ヘッドライン

レコード・ジャングルの中では演歌を食さず

 今、なぜか、FMN1の中ではプチ・インディーズ・ブームである。新人のノゾム君の影響かもしれないがケイスケ君もインディーズに覚醒した感がある。

 そうこうしているうち、27日付けの地方紙HC新聞に「演歌は日本の心~いつから?」という記事が掲載された。大阪大大学院の文学研究科音楽研究室准教授である輪島祐介さん(金沢出身)が著した「創られた『日本の心』神話 『演歌』をめぐる戦後大衆音楽史」がサントリー学芸賞を受賞した、というものである。

 記事で見る限り、輪島さんの主張は大筋で賛意を示せる内容のようである。演歌をかけないFMN1としての主張に似ているからである。スタッフのマサノリ君は「今さら何を」といった表情である。

 マサノリ君によると、日本の歌の原点は大正時代にあるという。大正デモクラシーの雰囲気の中で、政治的な演説から派生した演説歌がその一つで、演歌師の添田唖蝉坊(そえだ・あぜんぼう)が代表的人物である。マサノリ君は年末の特番で、昨年が大正100年に当たったことから「大正ロマンとはやり歌」という特番を放送した。また、ヨーロッパの影響を受けた旋律からは、同時代に生まれた童話・童謡の流れがあり、後の唱歌につながっていく。

 もう一つの大きな要素がジャズである。代表的な作曲家として服部良一などが挙げられるのではないだろうか。

 つまり、日本の歌の中には演歌的な要素が見当たらないのである。演歌が生まれたのは1970年とされている。フォーク・ニューミュージックの勢いに押されたレコード会社が、これまでのレコードのラベルに印刷されていた「流行歌」を「演歌」に変えたのだという。

 もちろん、演歌の中にも名曲と言われる楽曲がある。しかし、「演歌は日本人の心の歌」という間違ったメッセージに馴染めなかったことなどから、原則として演歌は流さない事にしている。スタッフの側に言わせると、なかなか線引きが難しい、という問題があるのは承知のうえで、演歌は食さないのである。

 新聞記事に戻ると、著者の輪島さんは、中学、高校生であった金沢時代に輸入・中古レコード専門店「レコード・ジャングル」に通い詰めて音楽に深入りすることになったという。実は、このレコード・ジャングル店主の中村政利さんは週イチ、FMN1で「ジャンおぢ」というブルース番組のパーソナリティをしている。昨日も放送したばかりである。

 何か不思議な縁である。

Permalink | 2012年1月27日 14:12 | 宮崎正倫