大寺の取材でわかったこと ①塔の高さ
古代、野々市町の末松に存在した大寺は、東側に塔、西側に金堂を配し、塔は「七重の塔で高さは60メートル近かった」と、長い間、言われてきました。その想像図が文化会館フォルテなどに展示されています=写真=。しかし、考古学者の吉岡康暢さん(国立歴史民俗博物館名誉教授)に「石田茂作先生の研究成果から、中心柱を受ける塔心礎に穿った穴の直径かける40倍が塔の高さということが判明した」と、教えられました。ということは、大寺の心礎の直径は58センチですから、塔の高さは23から24メートルになります。「な~んだ。低いじゃないの」。いいや、侮ってはいけません。今から1300年以上前の飛鳥時代当時は、白山や石川平野はもちろん、遠く日本海を見渡せる唯一の「高層建築」だったことに違いなく、高度な建築技術がなければ、決して建てることはできませんでした。
小局のホームページに、「末松廃寺」で検索して入ってくる方が増えています。吉岡先生をはじめ、専門家の方々に取材して特番を作ったこともあって、検索エンジンにひっかかるのでしょう。そして、末松の大寺について興味をもたれる人が多いことを実感しています。特番では、にわか勉強ゆえの消化不良の面もありましたが、吉岡康暢先生へのロング・インタビューを近日中にアップします。いま少しのお時間をください。(梅岡)
