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日本初のミリオンセラー!ホントに・・・・?

2010年6月10日 22:12

 毎週火曜日昼12時からお送りしている「これまで針何本?!」。ついに放送回数が10回となりました。6月1日(火)第9回では「Bクラス作家・古賀政男のヒット作品」をテーマに、そして6月8日(火)第10回では「昭和ひとケタ時代をささえた女性歌手」をテーマにお送りしました。

 

では本日のテーマは「日本初のミリオンセラーって何?」です。

 

それは「東京音頭」だそうです。メーカー発表では、120万枚売れたといいます。すごくあやしい数字ですね・・・。だって、この曲が発売した1933年(昭和8年)には、蓄音器は全国に20万台しかありません。いくらなんでも一人平均6枚も買うとは到底思えないからです。何かカラクリがあるに違いありません。「必殺からくり人」にでもなってその正体を暴いてみましょう。

というわけでさっそく暴いてみました。

 

からくり①

まず、この曲はそもそも何から生まれたのか?「桃から生まれた桃太郎」・・・その正解は「丸の内から生まれた東京音頭」でした。

 世界恐慌の中、犬養毅首相暗殺など暗い世の中でした。少しでも景気を良くしようと考えたのは商店街の八百屋さんと肉屋さん。お風呂屋さんに集まり相談です。

「静かに!人に聞かれちゃまずいからな。どうやら地方では、盆踊りなるものが流行っているらしい。野々市町ではじょんからまつりが盛大に行われているらしいぞ・・。」「そうだな、考えてみれば東京なんてのは、地方の人が集まってくるところだ。盆踊りをやれば、故郷を懐かしくおもい人が集まってくるに違いない!」「どうせやるなら東京の真ん中で、日比谷公園で夜6時!どうだ!!」「いいねえ」「ところで音楽はどうする?どうせなら有名な先生にでも書いてもらうか」「仕事料は・・・・えっ、これっぽっちかよ・・・」

という会話があったかどうかは分かりませんが、商店街の人たちは百貨店にも掛け合ってスポンサーになってもらい計画をたてました。そして西條八十、中山晋平にお願いをして、盆踊り用の曲を書いてもらいました。出来上がったのが「丸の内音頭」でした。

この曲の出来が良かったらしく、参加者は多く盆踊りは大成功となりました。商店街の評判もよくなりました。当然ブームが起きます。「丸の内音頭」の輪は、下町から山の手、そして東京近郊の都市まで踊りの輪が広がりました。

 

からくり②

「メーカーというお代官様、これはいけますぜ!」「うむ、ひともうけじゃ。どうせなら東京全土で売ればよい!改題じゃ。丸の内音頭東京音頭にしてもうけるのだ!」

というわけで、東京市民がすべて歌えるように改詞。次の年に「ある・ない」にかかわらず、悪代官・・ではなくてレコードメーカーは発売を決定しました。これが大ヒットを記録します。

つまり「丸の内音頭」と「東京音頭」の2種類で、大きな売り上げを作ったのです。

「ちょっと待った!調べが足りねえなぁ。それで120万枚はいかねえだろう。もっと調べてみろ!」

 

からくり③ 

丸の内音頭」が売れ、「東京音頭」も売れました。これで気をよくした悪代官・・・ではなくてレコードメーカーは次なるもうけ手口を考えたのです。それは

東京音頭・地方バージョン」でした。1934年10月新譜で一挙8作品を発売したのです。メロディーは全部同じ、歌手も同じ。「東北音頭」「台湾音頭」「朝鮮音頭」「東海音頭」「九州音頭」「北海道音頭」「四国音頭」「中国音頭」を同時発売。しかも売れました。そして最後に中村主人登場!「おい、北陸がねえじゃないか。野々市町はじょんから踊りがあっても、北陸にもいるだろうが・・・」。そして最後に登場、12月新譜で「北陸音頭」が発売されました。「♪♪ハァ、唄え はやせーや、北陸音頭、ヨイヨイ♪♪」・・・これは本当に売れたのかな?。今もレコード盤は残っているのでしょうか?。

 

というわけで「東京音頭」のミリオン・セラーのからくりは、「丸の内音頭」と「地方バージョン」全部の売上を合算してのものでした。

 

2010年5月18日放送第7回資料より